中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

完全合意条項

完全合意条項とは

完全合意条項とは、作成された契約書の内容こそが当事者間の最終的で、完全な合意であることを示していることを規定する契約書の条項のことです。

たとえば、「本契約は、本契約の対象事項に関する当事者間の完全な合意を示すものであり、本契約締結までに当事者間でなされた書面、口頭又は黙示的になされたあらゆる合意はその効力を失う。」、「当事者は、本契約書の文言のみに依拠し、それ以外のいかなる資料もその解釈に用いてはならない。」といった表現での規定がそれに当たります。

これは、英米法の概念であるEntire Agreementに由来しているといわれていますが、我が国でもM&Aについての契約などではよく見られますし、最近はそれ以外の分野でも企業間の取引でよくみられるようになった条項です。

完全合意条項とは

完全合意条項のねらい

企業間(それに限りませんが)の紛争を未然に防ぐには、契約書をきちんと作成しておくことが肝要であることはいうまでもありません。「これまで築き上げた信頼関係」とか「口頭でも合意は合意」という考えでは、法務リスク管理ができていないと言わなくてはならないでしょう。合意した内容を契約書に表現し、作成日付を明確にして、契約締結権限のある者による記名捺印をした契約書の作成は、法務リスク管理上の基本の基本です。

ところが、契約書を作成していれば紛争は生じないかというとそうでもありません。「契約書には記載していなかったが、契約書の締結に至るまでの交渉段階で別途合意されていたことがある。」、「契約書には記載していないがこのような事情があった。」というような主張がされることがあります。せっかく契約書を作成しているのに、紛争化してしまうのです。

そこで、そのような主張を排除できないか、契約書に記載されたことが全てであるということにできないかということで、完全合意条項が考えられるようになったのです。

完全合意条項の有効性

では、そのような合意は有効といえるのでしょうか。

実際にあった事例で見てみましょう(東京地裁 平成7年12月13日判決)。

これは、英文での契約書ですが、日本法を準拠法とした株式売買契約についての事例です。この契約に基づき買主が株式を買い取りましたが、その後「契約書には記載はないが、この契約では条件付きで買戻契約が成立しているので、買戻代金を支払え。」ということで訴えたのです。

このようなことを買主が主張するというのは、それなりに買戻しを窺わせるような事情があったのかもしれません。しかし、この契約には次のような完全合意条項がありました。

「本契約の用語は本契約の目的物に関する当事者の最終的な表現であり、以前又は同時のその他のいずれの契約を証拠として、これを否認してはならないと意図する。当事者はさらに、本契約はその用語の完全かつ排他的陳述を構成するものであること、及び本契約に取り入れられているすべての司法上、行政上又はその他の法的手続において、いかなる外部の証拠を導入してはならないことを意図する。」

英語を翻訳したものなのでややわかりにくいかもしれませんが、「この契約書の記載は最終的で、完全かつ排他的なものなので、契約書以外の証拠で契約内容を解釈してはならない」という意味でしょう。

この完全合意条項について、裁判所は次のように述べて、その有効性を認め、買主が主張していた条件付き買戻契約の成立を認めませんでした。

「契約の締結に関与した者はいずれも会社の役員や弁護士であり、右のような事務に関しては十分な経験を有し、契約書に定められた個々の条項の意味内容についても十分理解し得る能力を有していたというべきであるから、本件においては、右条項にその文言どおりの効力を認めるべきである。すなわち、本契約の解釈にあたっては、契約書以外の外部の証拠によって、各条項の意味内容を変更したり、補充したりすることはできず、専ら各条項の文言のみに基づいて当事者の意思を確定しなければならない。」

地方裁判所レベルでの判断ではありますが、我が国でも完全合意条項の有効性が認められているという点で参考になります。

完全合意条項導入の留意点

このように完全合意条項が有効であるとなると、紛争の予防という意味ではかなり有力な材料となります。

しかし、どのような契約でも、完全合意条項を入れておけば安心というわけでもありません。

ある意味で日本風ともいえる非常に簡潔な契約書で、完全合意条項を入れた場合は、逆にやっかいなことになりかねません。契約書の内容が十分ではないのに、「契約書以外の合意はすべて無効となっている」とか、「契約書に記載されていない証拠から契約を解釈できない」などと言っていては、かえって問題が生じたときに解決しようがなくなってしまうでしょうし、場合によっては自分の首を絞めることになるかもしれません。したがって、ある程度詳細な契約条項が設けられていることが必要でしょう。

また、契約書の記載以外を解釈の材料としないといっても、肝心の条項の内容が一義的に明確でないとあまり意味がないということも指摘しなくてはなりません。完全合意条項があったとしても、契約書以外の材料がないと契約文言の解釈ができないというのであれば、結局は合意に至った経緯や背景など契約書の文言以外の事情を詳細に分析して、その契約文言の意味を解釈するほかないからです。

さらに、前述した事例でも、会社役員や弁護士といった十分な経験があるものが関与して完全合意条項のある契約書の作成に至っている点を重視しているので、契約への関与者が必ずしも経験が十分とはいえないような場合は、完全合意条項についての説明や意思確認をきちんとしておく、そのエビデンスを残しておくなどの配慮も必要でしょう。

このように留意点はあるとはいえ、企業間の紛争には、契約書の記載以外の重要な事情があるといったことが主張されるケースがあることを考えると、この完全合意条項は、企業間取引の契約においては、頭にいれておくべきことの一つとなると思います。

H28.06掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。