中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

会社再建のための新会社設立の落とし穴 ~法人格否認の法理~

1 法人格

有限会社、株式会社等の会社は、法人として、法律行為の主体となる人格を与えられています。

法律行為の主体になるとは、要するに取引行為の権利義務の独立した主体になれるということで、この人格を与えられているからこそ、個人ではなく、会社として取引行為等が行えるようになっているのです。

法人は独立した人格ですから、法人の取引で義務を負担するのは、当該法人のみとなります。中小企業における金融取引では、代表取締役の個人保証が取られるのが通常ですが、これは法人との取引における義務は法人のみが負うことになるため、これとは別に代表取締役個人にも責任を負わせて、保全しようというものなのです。

会社再建のための新会社設立の落とし穴 ~法人格否認の法理~

2 会社再建のための新会社設立

このように法人の取引行為における義務は、当該法人のみが負うということを利用して、経営に行き詰まった会社が、新会社を設立したうえで、従来の会社での営業を新会社で行い、旧会社は事実上の休眠してしまうという例が見られます。つまり、旧会社と新会社とでは、法人格は別ですから、旧会社の債務は新会社の債務にはならないということになりますから、債務を旧会社に残して、新会社で営業を続けて収益を上げようというものです。

確かに、それなりに営業力のある会社においては、旧会社で営業を継続しても、債務の返済に負われるばかりで、債務超過を解消する見込みもないような場合は、債務を旧会社に残したまま、営業資産や社員を全部新会社に移して、新会社で債務の負担なく収益を上げられるようになるというのは大変魅力的です。

しかし、旧会社の債権者としては、旧会社時代と同じ営業を同じようにしているのに、新会社に対しては債務の履行を求めることができないというのも納得できるものではないでしょう。

それでも、法人は別なので、債務は新会社に承継されないということになるのでしょうか。

3 法人格否認の法理

前述のとおり、法人は独立の人格であり、法人が異なる以上、人格も別で、義務を負うのは取引行為をした法人のみであるというのが原則です。

しかし、法人格が法律の適用を回避するために濫用されている場合は、独立の法人格を主張できるというのは許されないというべきです。つまり、形式的には独立の法人格であっても、法人格が濫用されている場合は、その法人格を信義則上主張できないとして、取引の相手方は、旧会社の債務であっても新会社に請求できるという考え方です。これを法人格否認の法理といいます(法人格否認の法理には、他に法人格が全く形骸化しているという場合もあります)。

この考え方は、最高裁判所で認められた考え方で、最高裁昭和四八年一〇月二六日判決では、「取引の相手方からの債務履行請求手続を誤らせ時間と費用とを浪費させる手段として、旧会社の営業財産をそのまま流用し、商号、代表取締役、営業目的、従業員などが旧会社のそれと同一の新会社を設立したような場合には、形式的には新会社の設立登記がなされていても、新旧両会社の実質は前後同一であり、新会社の設立は旧会社の債務の免脱を目的としてなされた会社制度の濫用であって、このような場合、会社は取引の相手方に対し、信義則上、新旧両会社が別人格であることを主張できず、相手方は新旧両会社のいずれに対しても債務についてその責任を追求することができる」としています。

また、新会社設立ではなく、既存の別会社に実質的に営業を譲渡したケースで、「B会社は本件財産譲渡により、実質的に企業体としてのA会社自体を承継したと認められるから、正規に合併手続がとられた場合や、営業譲渡がなされて商号が続用される場合(商法二六条一項)などとの均衡に照らしても、B会社がA会社と別人格性を主張し、その債務の承継のみを否定することは信義則に反し、許されるものではない」とした判決も最近出されています(大阪高等裁判所平成一二年七月二八日判決)。

4 商号の続用

右の大阪高裁判決で指摘されている商法二六条一項とは、営業の譲受人が、譲渡人の商号を続けて使用しているときは、譲渡人の営業によって生じた債務については譲受人も弁済する義務を負うというものです。

これは、債権者の外観に対する信頼を保護した規定であるとされてます。したがって、商号が全く同じでなくても、同一と評価できるような場合は、営業の譲受人は譲渡人の債務を負担することがあるということになります。

5 会社再建のための新会社設立

このように旧会社に債務を残したまま新会社を設立して営業を継続し収益を上げるというのは、実は大変な危険をはらんでいます。せっかく新会社を設立しても「法人格否認の法理」によって、新会社も債務を負担するというのでは、設立費用が無駄になるだけで、全く意味がないことをしたことになってしまいます。

もっとも、本業は順調であるが、本業以外での投資等で多額の債務を負担するに至り、債務超過の状態となったというようなときに、本業によって生じた債務を含み本業部分を新会社に適正な価格で営業譲渡して、従業員を守るとともに、本業の再建を図るといったように、必ずしも「濫用」とはいえないケースもありうるとは思います。

しかし、本業により生じた債務とそうではない債務の分別というのは簡単なことではありませんし、経営者自らの保身を目的としていると映るようであれば、やはり濫用と言われかねません。

いずれにしても、再建策をめぐって、トラブルが起きるのは、債権者との協議をせずに一方的に事を進めた場合です。債権者と事前に協議をすることに躊躇を感じるというのはわからなくはありませんが、正当な再建策であれば債権者も聞く耳を持つと思います。再建を成し遂げるには、やはり早めに主要債権者との間で十分な協議をした上、再建策を構築するというのが肝要ではないでしょうか。

H14.01掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。