中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

時間外手当についての基礎知識

時間外手当について知っておくべきこと

時間外労働および時間外手当については、労働基準法に定めがおかれています。そのこと自体は、経営者としては当然知っていることでしょうが、いざ具体的な中身となると、残念ながら正しい理解をされていない方も多いようです。 あとになって、まとめて残業代を支払わなければならないとなると、金額も大きくなり会社にとって大きな負担となってしまいます。そのような事態を避けるためにも、時間外手当てについて、正しい知識を身につける必要があるといえるでしょう。

時間外手当についての基礎知識

残業についての基礎知識

時間外労働とは、労働基準法の定める1日8時間労働、1週40時間労働のいずれかを超えてする労働をいいます。一般に残業と呼ばれるものは、時間外労働にあたることが多いですが、両者は必ずしも一致しません。

従業員に時間外労働をさせることは労働基準法で禁じられています。実際の職場では、時間外に労働することが当たり前になってしまっていて、時間外労働が違法というと意識すらないかもしれません。だからこそ、この原則はよく認識しておく必要があります。

もちろん、労働基準法も一切の時間外労働を禁じているわけではありませんが、時間外労働が認められるためには、一定の条件を満たさなければなりません。

時間外労働が許されるための要件

では、どのような条件を満たせば、従業員に時間外労働をさせることができるのでしょうか。

まず、従業員に時間外労働をさせるためには、それを法的に義務付ける根拠が必要とされます。たとえば、個別の労働契約によって、「会社は業務の都合により時間外・休日労働を命じることがある。」など残業をさせることができる旨が規定されている場合には、残業をさせることについて、法的な根拠があることになります。また、労働法の世界では、個別の労働契約よりも就業規則が優先されますから、就業規則に時間外労働をさせることができる旨定めてあっても根拠となることになります。逆にこのような定めがなければ、時間外労働を命じる根拠がないことになりますので注意してください。

次に、時間外労働に関し、当該事業場の労働者の過半数を組織する労働組合(組合がない場合は、当該事業場の労働者の過半数を代表する者)との間で、書面による協定をして、労働基準監督署署長へ届け出ねばなりません。労働基準法36条により定められていることから、この協定のことを36(サブロク)協定と呼んでいます。36協定を結ばずに、時間外労働を行わせた場合には、労基法119条1号により6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられることになります。

以上の2つの要件を満たしていれば、使用者は具体的な日時、業務を指定して時間外労働を命ずることができることになります。労働者は、これに従う義務を負っており、正当な理由もないのに業務命令に応じなければ、懲戒処分の対象ともなりえます。

時間外労働に対する割増賃金

時間外労働に対しては、単に時間分に相当する給料を上乗せするだけでなく

(通常の賃金÷所定労働時間)×1.25×支給対象時間数

で計算した割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条1項)。月給制の場合、月給を月における所定労働時間数で除した金額が通常の賃金ということになります(ただし、通常は所定労働時間は月により異なるので、年間の所定総労働時間を基礎として、1年間における一月平均の所定労働時間を基礎に計算を行っています)。もちろん、これは最低限の基準を定めたものにすぎませんから、基準以上の割増賃金を支払うことは当然許されます。

よくある質問

以上を踏まえて、よく質問をうける点について、簡単に説明をしたいと思います。

まず、従業員が与えられた仕事を終わらせることができないために、残業した場合でも、時間外手当を支払わなければならないのが原則です。労働法は労働の提供を時間単位で見ており、この場合も、時間単位でみれば労働の提供があったことに間違いはないからです。たとえ、明確な時間外労働の命令をしていなくても、時間外労働の黙示の命令があったものとみなされてしまいます。「勝手に残っているのだから、残業代を支払う必要がない。」という反論は労働基準法上は通じません。

次に、普段から時間外手当の名目で定額の支払いをしていても、実際に計算した額が定額払いの金額を超える場合には、不足する時間外手当ては支払わなければなりません。時間外手当の名目で定額を払うことで、労働者が合意していたとしても、あとで請求されればやはり支払いの義務が生じます。労働基準法は、個々の合意よりも効力の強い強行法規だからです。

同様に、年俸制の労働者であっても、労働時間を把握した上、時間外労働があった場合には、別途時間外手当を支払う必要があります。年俸制は労働法に定めのない制度ですから、このような制度を採用したからといって、労働法の適用を免れることはできないのです。

さらに、管理手当て等の名目で手当てが支払われている部長などの肩書きをもったいわゆる管理職であっても、時間外手当を支払う必要がある場合が多いので注意してください。労働基準法第41条は、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(いわゆる「管理監督者」)には、労働時間に関する規定は適用されないとしていますので、管理監督者にあたれば、時間外手当を支払う必要はありません。ただ、ここでいう管理監督者にあたるか否かは、役職名や「管理手当て」という名目で、賃金を支払っているかだけでは決まらず、【1】職務の内容・権限・責任、【2】出社・退社等の自由度、【3】その地位にふさわしい処遇が行われているか、などを考慮して実質的に判断されます。従って、一般に管理職と呼ばれていても、管理監督者にあたるとは限りません。裁判でも管理監督者にあたるとされるのはごくまれな場合に限られています。

有効な対策とは

労働基準法は、強行法規ですから、時間外手当を支払わないとの合意が労働者との間にあったとしても、事後的に請求されれば、支払いに応じざるをえません。労働基準法に違反して割増賃金を支払わないと、30万円以下の罰金に処せられますし(労働基準法第120条1号)、裁判上で労働者が時間外手当を請求する場合には、未払いの時間外手当のほか、これと同額の付加金を命ぜられることになります(同法114条)。残業代の支払請求権も労働債権ですから、2年間の時効にかかることになりますが、逆にいえば、2年間については遡って、請求することができるわけで、まとめて請求をうけると会社としても大きな負担になります。このようなことにならないためにも、あらかじめ対策を整えておく必要があるといえます。

では、何が時間外労働についての有効な対策といえるでしょうか。残念ながら、本来払うべき時間外手当を支払わないですむような、手品のような方法はありません。あえていうなら、あとで請求されて、あわてて支払うのではなく、本来支払うべき手当をきちんきちんと支払っておくことというしかありません。また、それ以上に、そもそも時間外労働をしないでよい労働環境を作るという正攻法が最も良い対策といえます。そのためにも、まずはタイムカードなどを整備し、従業員の労働時間をきちんと把握することから始める必要があるでしょう。

H17.10掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。