中小企業の法律相談

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退職した従業員による競業をいかに防ぐか

1 退職後の競業

会社を設立後、ある程度の規模まで事業が拡大してきたところで、会社において重要な地位を占めていた従業員が退社して、競争関係にある会社に就職したり、新たに競争関係にある会社を立ち上げることはよくある話です。その結果、会社の重要な秘密が流出してしまったり、大切な顧客を奪われてしまい、会社が大きなダメージを負うことも少なくありません。

そこで、そのような事態を防ぐために予め退職後における競業を禁止する契約を締結しておくことが考えられます。

退職した従業員による競業をいかに防ぐか

2 競業禁止契約が有効となるための要件

退職後の競業禁止の契約書(誓約書)では、「貴社を退職後、○年間は以下の行為をしないことを約束します。」として、「貴社と競合関係にたつ会社に就職したり、役員に就任すること」「貴社と競合関係にある事業を立ち上げること」などといった事項の禁止を誓約させることになります。

このとき、会社の側からすれば、できるだけ広い範囲で長い期間、競業を禁止したいと思うのは当然のことですが、会社の都合だけを全面に押し出して、競業禁止を誓約させることはかえって誓約の効力を弱めてしまう結果になりかねません。

退職後の競業を禁止することは、従業員の職業選択の幅を狭めることになってしまいます。従業員にとっては、それまで経験を積んできた分野で再就職するほうが経験のない分野における場合よりも有利であることは明白といえます。退職後の競業禁止契約は、憲法上保障された「職業選択の自由」や「営業の自由」(憲法22条1項)を制限するものであることから、競業の制限が合理的範囲を超え、従業員らの職業選択の自由を不当に拘束し、同人らの生存を脅かす場合には、その制限は公序良俗に反して、無効と判断されることになります。

3 合理的な誓約か否かの判断基準

この種の事案のリーディングケースといえる「フォセコ・ジャパン・リミテッド」事件においては、退職後の競業制限が合理的な範囲内にあるかどうかの判断基準として、【1】禁止期間、【2】場所的範囲、【3】対象職種、【4】代償の有無を総合的に検討して判断が下されており、他の裁判においてもこれらの点が検討の対象とされています。

まず、【1】禁止期間ですが、あまりに長期間の競業の禁止は退職者の職業選択の自由への不当な拘束として無効とされてしまう可能性が高まります。通常、合理的とされる範囲は、長くとも2年くらいまでと考えたほうがよいといえます。

次に【2】場所的範囲ですが、競業を禁止する趣旨が企業秘密を防衛することにあるとすれば、多くの場合、場所的範囲を限定することは無意味ですので、場所的範囲の限定がないからといって、必ずしも合理性が否定されることにはなりません。これに対し、競業を禁止する趣旨が顧客を奪われないことにある場合には、競業禁止の場所的範囲を限定することは可能です。場所的範囲を限定できるにもかかわらず、これを限定していない場合には、合理的範囲を超えた制限として競業禁止契約そのものが無効とされる可能性が高まることになります。

【3】職種についても、当該従業員が関わっていた具体的な職務を中心として、これに密接関連する範囲の職種に限定することが望ましいといえます。職種を限定せず、広い範囲での競業禁止を定めると、職業選択の自由に対する過渡の制限として、競業禁止契約自体が無効とされる可能性が高まるからです。

退職後の競業を禁止するかわりに何らかの形で【4】代償が支払われている場合には、競業禁止が合理的なものと判断される傾向にあります。代償措置が明確に競業禁止の対価として支払われているほうが望ましいですが、実際にはそのような形で代償を支払っている会社は多くありません。そのような場合でも、他の従業員と比べて給与等において、相当厚遇されていたのであれば、特別の代償措置がなくとも競業禁止契約が有効とされる場合があります。

4 競業禁止契約がない場合

以上のように、従業員の退職後の競業を防ぐには、従業員の職業選択の自由を不当に制限しない範囲で競業禁止契約を締結しておくことが望ましいといえますが、このような特約がない限り、退職後の従業員の競業行為を指をくわえて見ていなければならないというわけではなりません。

まず、就業規則において、退職後の競業禁止を定めておくことが考えられます。裁判例においても、就業規則における競業の禁止が有効であることを前提としたものもあります。ただし、この場合も競業禁止契約の場合と同様、従業員の職業選択の自由を不当に制限するような条項であってはならないのは当然のことです。

また、競業禁止の特約がない場合であっても、元従業員の行為が背信的といえるようなものであれば、損害賠償を請求することができる場合があります。例えば、元従業員が会社での労働契約継続中に獲得した顧客らに関する知識を利用することで、会社と取引継続中の顧客に働きかけをして競業を行なった場合には、損害賠償請求が認められる可能性があります。

さらに、元従業員が会社の営業秘密やノウハウをそのまま競合会社に持ち込んで活用しているような場合には、不正競争防止法に基づいて、使用差止め(不正競争防止法3条1項)、廃棄除去請求(同法3条2項)、損害賠償請求(同法4条)などの措置を講じることができる場合があります。

もっとも、元従業員の競業が明らかとなった時点では対処が難しくなる場合が多いといえますので、やはり競業禁止契約を締結することで、事前の防止策を講じることが重要ということは間違いありません。

H19.06掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。