中小企業の法律相談

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社員が裁判員に選ばれたら??

今年の5月21日から,いよいよ裁判員制度がスタートしました。テレビや新聞では,連日,法廷における裁判員の表情やしぐさ,質問内容等が事細かに報道されています。そうした報道を観て,皆さんも「もし,自分が裁判員に選ばれたら・・・。」と一度くらいは想像されたことがあるのではないでしょうか。

では,少し視点を変えて,「もし,うちの社員が裁判員(もしくは裁判員候補者)に選ばれたら・・・。」と想像されたことはありますか。

社員が裁判員候補者に選ばれた場合に,その社員に対して裁判員になることを辞退するよう業務命令を出すことはできるのか,会社は,その社員が裁判員としての職務を行う時間についても給料を支払わないといけないのか,ある社員が裁判員に選ばれたことを上司が取引先等に話すことは問題ないのか等々,考えてみると様々な疑問点が浮かんできそうです。

そこで,今回は,会社の社員が裁判員に選ばれた場合に想定される疑問点について考えてみたいと思います。

社員が裁判員に選ばれたら??

疑問点(1)

裁判員候補者に選ばれた社員に対して,裁判員を辞退するよう業務命令を出すことはできるか?

重要なプロジェクトの一員である社員が裁判員候補者に選ばれてしまう。猫の手も借りたいほど忙しいときに社員が裁判員候補者に選ばれてしまう。もし彼らが裁判員に選ばれてしまうと会社にとっては大きな痛手です。

こうした場合に,会社が,その社員に対して,裁判員を辞退するよう業務命令を出すことはできるのでしょうか。

社員自身が辞退の申し出をするというのであればともかく,会社がこのような業務命令を出すことは問題がありそうな気がしますが,法律上はどうなっているのでしょうか。

この点,労働基準法第7条本文は,「使用者は,労働者が労働時間中に,選挙権その他公民としての権利を行使し,又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては,拒んではならない。」と定めており,通達によれば,ここにいう「公の職務」には,裁判員としての職務もあたるとされています。

つまり,上記法令によると,社員が「裁判員に選ばれたので,明日から三日間休ませて下さい。」と会社に対して申し出てきた場合,会社はその申し出を拒むことは出来ないことになっているのです。

そうであるとすれば,まだ裁判員に選ばれていない時点であるとはいえ,裁判員を辞退するよう業務命令を出すことは,社員が裁判員としての職務を行う間休ませて欲しいと申し出ること自体を拒むことになるわけですから,労働基準法第7条本文に違反する可能性が高いと思われます。

また,同様の理由から,裁判員を辞退することを,事前に就業規則で義務づけることも労働基準法第7条の趣旨に反し許されないと考えられます。

こうしてみると,会社としては,社員が,自ら辞退の申立てをするのを祈るほかなさそうです。

疑問点(2)

裁判員に選ばれた社員が裁判所で職務を行う時間についても,会社は給料を支払わないといけないのか?

この点,前述した労働基準法第7条本文は,会社に対して,社員が裁判員としての職務を執行するために必要な時間(休暇等)を与えることを要求していますが,それ以上に,有給とすることまでは要求していません。

そうであるとすれば,法律上,会社は,裁判員に選ばれた社員が裁判所で職務を行う時間について,必ずしも給料を支払わなくてよいということになります。

そもそも,裁判員には,裁判所から日当が支払われます(裁判員法第11条)。そして,その日当は,「職務を行うに当たって生じる損害(例えば,裁判所に来るための諸雑費や一時保育料等の出費,収入の減少など)の一部を補償するもの」(最高裁判所ホームページ)とされています。収入の減少を補償するという日当の性格から考えれば,裁判所としても無給の場合を想定していると言えるでしょう。現に,同ホームページにおいて,裁判所は,有給休暇扱いにするか否かは各企業の判断に委ねられているとしています。

こうした点から考えると,必ずしも裁判員に選ばれた社員に対して,その間の給料を支払う必要はないと言えそうですが,一般的には,有給扱いにする方針の会社が多いようです。

疑問点(3)

ある社員が裁判員に選ばれたことを知った上司や同僚が,そのことを取引先等に話すことは問題ないのかご存じの方もいらっしゃるかと思いますが,裁判員法は,「何人も,裁判員,補充裁判員,選任予定裁判員又は裁判員候補者若しくはその予定者の氏名,住所その他の個人を特定するに足りる情報を公にしてはならない。」(裁判員法第101条第1項)として,裁判員等を特定するような情報を公にすることを禁止しています。

これは,裁判員等のプライバシーを保護すると同時に,裁判員等に対する事件関係者からの接触等を回避し,裁判の公正を確保するために設けられた規定です。

では,ある社員が裁判員に選ばれたことを上司等が取引先等に話すことは,裁判員等を特定するような情報を公にすることに当たり,上記法令に違反したことになるのでしょうか。

この点,「公にする」とは,出版,放送といった手段による場合やインターネット上のホームページ上に掲載するような場合等,裁判員等になったことを不特定多数の人が知ることができるような状態にすることをいうと考えられています(最高裁判所ホームページ)。

そうであるとすれば,仕事の調整の必要性等から,ある社員が裁判員に選ばれたことを,上司や同僚が取引先等に話すことは問題ないと言えそうです。

ただし,取引先とはいえ,当該社員と接点もないような相手に対して,特に必要も無いのに,単なる話のネタとして言いふらすようなことは避けるべきでしょう。

確かに,裁判員裁判の話題はホットですし,話が大いに盛り上がる可能性は高いですが,そのことが裁判員法第101条1項違反として問題となれば,会社の責任問題にも発展しかねません。

会社としては,そのような事態にならないよう,各社員に対して事前に裁判員法第101条第1項の趣旨を周知させる必要があるのではないでしょうか。

H21.10掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。