中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

退任取締役の競業行為に異議アリ

株式会社では取締役会を設置しないことも可能なので、中小企業では取締役一人の会社も許容されているのですが、かなりの中小企業は取締役を複数置いているようです。同族会社などでは、先代が一線から退き、子供たち、つまり兄弟で取締役となっている会社というのもあるようです。

取締役同士が円満な関係にあるうちは問題はありませんが、何かをきっかけに取締役同士がぶつかり合うと、会社規模が大きくない分、争いが深刻になり、ついには一方の取締役(過半数を持たない株主であることが多いです)が会社を辞めてしまうといったこともあるようです。この場合も、その取締役が退任後会社と全く関係ないことを始めるのであればいいのですが、やはりそれまでに培ったノウハウを活かしたくなるのでしょう、同種の事業を始めることが多い。しかも、同種の事業を始めるだけに留まらず、戦力を得たいと元の会社の従業員を引き抜こうとしたり、人間関係ができている取引先を奪おうとしたりすることも多いようです。

こうなると、会社に残った取締役としては、実際にダメージを受けますから、かつては仲間ではあったがもう許せない、損害賠償請求なり、競業行為を差し止めたいと思うでしょう。

ところが、当の元取締役は、取締役であったときは、競業避止義務や善管注意義務、忠実義務を負っていたが、退任後は会社とは何の関係もなくなるのであるから、とやかく言われる筋合いはないと反論します。

やはり、退任後の行為を問題とすることはできないのでしょうか。

“退任取締役の競業行為に異議アリ”

この話の前提として、まずは、取締役の競業避止義務、善管注意義務、忠実義務について説明をしておきましょう。

取締役は、自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときには、取締役会設置会社の場合は取締役会に、そうでない場合は株主総会に、その取引について重要な事実を開示して、承認を受けなくてはならないこととなっており(会社法356条1項1号、365条1項)、これに違反した場合は損害賠償義務を負ったり(会社法423条1項2項)、解任の正当事由にもなりえます(会社法339条)。これを取締役の競業避止義務と呼んでいます。取締役であることによって得た情報等を利用して会社の取引先を奪ってしまうことを防止するために課された義務といわれています。

また、取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければなりません(会社法355条)。これを取締役の忠実義務と呼んでいます。

ところで、会社と取締役の関係は、委任の関係にあり、委任に関する民法の規定に従うとされています(会社法330条)。そして民法の委任の規定では、受任者は善良な管理者の注意をもって、委任事務の処理をする義務を負うとなっています(民法644条)。これを取締役の善管注意義務と呼んでいます。つまり、取締役は会社に損害を与えないように一般的に要求される程度の注意を尽くさなくてはならないということで、前述した忠実義務もこの善管注意義務の一種と理解すればいいと思います。

このように法律によって、取締役は上記の義務を負っているということになるのです。

さて、そこで冒頭に述べたケースはどう考えるべきなのでしょうか。

前記の義務はあくまで取締役の義務ですから、取締役の地位がなくなれば、もはや義務がなくなるようにも思えます。実際、退任する側の取締役としてみれば、憲法上の職業選択の自由もある訳ですから、退任後には元の会社に対する義務は消滅するのがやはり原則でしょう。

しかし、冒頭のようなケースでは、取締役を退任した後に初めて競業行為をするということではなく、退任後すぐにでも事業を開始できるように、綿密な計画を練って、取締役である間に競業するための準備をしているということもありうると思われます。

そして、その準備行為は取締役の間にしていることですから、前記の競業避止義務、忠実義務、善管注意義務に反するという切り口もありうるのではないでしょうか。

さらに、それが肯定できるときは、退任後といえども、何もかも自由にできる訳ではないということもいえる場合があるのではないでしょうか

ここで、千葉地方裁判所松戸支部平成20年7月16日決定を紹介したいと思います。

事案は、極簡単にすると、父親と兄弟で取締役をしていたところ、父親と弟が会社を辞めて、弟が同業他社に就職してしまい、会社の主要な取引先がほとんどその会社に移ってしまったというものです。その方法は、取締役である間に、最大取引先に取引の中止を働きかけたり、従業員に対して会社は破綻するので退職をすることを勧め、後に就職することとなる同業他社の関連会社への再就職を勧誘したり、退職後の競業の準備を進め、退職後には取引先と面談して、取引関係を同業他社に移行することを求めたというものです。

そこで、取引先を失い経営破綻に瀕した会社が弟を相手に損害賠償の仮払いを求める仮処分の申立をしたのです。

裁判所は、「取締役の具体的行為が、善管注意義務及び忠実義務に違反しているか否かは、従業員の引抜きや競業取引による取引先奪取等の取締役の行為に至るまでの会社内部の事情、当該取締役と従業員の人的な関係、当該取締役の行為による会社の業務に与える影響の度合い等を総合して、不当な態様か否かにより判断するのが相当である。」としたうえ、「取締役が退任した後は、上記各義務は消滅し、会社との競業については、職業選択の自由の保障により原則として自由にできることになるものと解されるが、取締役の行為の時期や態様に照らして、信義則上、上記各義務を負うことがあるものと解される。」とし、本件は、競業行為は、「そのほとんどが取締役辞任後の行為ではあるものの、信義則上、取締役の善管注意義務及び忠実義務に違反するとともに、取締役の競業避止義務にも違反する。」と判断し、損害金の仮払いを命じました。

取締役であったときの準備行動を重視し、退任後の行為も信義則上の義務に違反するとした点で示唆に富んでいる裁判例です。もちろん上記事例は、実際に経営破綻の危機にも至っているようですし、行為態様も悪質といえるので、そのことがこのような結論に結びついたように思えますので、常に取締役の競業準備行為、退任後の競業行為が損害賠償の対象となるということではないと思います。しかし、取締役を退任してしまえば、その後の行為について、元の会社としては何もいえないかというと、必ずしもそうでもないということは留意しておきたいところです。

H21.11掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。