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濫用的会社分割に待った!

濫用的会社分割の問題点

近時、債務超過に陥り実質的に倒産状態にある会社が、一部の債権者と協議し、会社分割によって新設した会社(設立会社)に採算部門や優良資産、一部の債務を承継させたうえで、不採算部門や不良資産を残した既存の会社(分割会社)を清算するという会社再建の手法が用いられる事例が増加していることが指摘されています。

濫用的会社分割に待った!

会社分割とは、会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割によって設立する会社(設立会社)等に承継させることを目的として行う会社の行為をいいます(会社法2条30号)。事業に関して有する権利義務のどの部分を設立会社等に承継させるかは、新設分割計画等の定めによって自由に定めることができます(会社法762条以下)。そして、設立会社は、会社分割が効力を生ずる日に、権利義務の承継の対価(新設分割計画等によって定めます。)を分割会社に交付することとなります。

会社法は、会社分割にかかる債権者保護手続として、以下のような手続を設けています。

まず、「分割会社に対して債務の履行を請求できなくなる債権者」(設立会社に移る債権者)には、異議を述べる機会が与えられています(会社法810条1項2号)。異議を述べた債権者に対しては、会社分割により当該債権者を害するおそれがない場合を除き、弁済ないし担保の提供等がなされることとなり、当該債権者は債権の満足を得られることとなります(会社法810条5項)。また、会社分割の手続に瑕疵がある場合、会社分割無効の訴えを提起することもできます(会社法828条2項10号)。このように、設立会社に移る債権者に対しては、さまざまな保護手続が設けられているのです。

他方、「分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者」(分割会社に残された債権者)は、こうした保護手続の対象から除外されているため、異議を述べる機会を与えられず、また、会社分割無効の訴えを提起することもできません。何ら保護が与えられないまま、当該債権者は、分割後は、設立会社に対して弁済を求めることができなくなってしまうのです。

このように、会社法上、設立会社に移る債権者と、分割会社に残された債権者との取り扱いは、大きく異なっています。

では、なぜ、会社法上、そのような制度設計がなされているのでしょうか。

これは、会社法は、基本的に、平常時での制度運用を想定しており、倒産法上の基本的理念である資産の保全・債権者の平等という観点で制度設計をしていないことによります。つまり、会社法は、平常時を想定し、分割会社は、設立会社に切り出した純資産に見合う対価を取得するはずであり、分割会社に残された債権者が害されることはないはずだとの考え方に基づき、分割会社に残された債権者に対しては、特段の保護手続を設けなかったのです。

しかし、実際には、会社が、優良資産と不良資産、優遇する債権者とそれ以外の債権者とを自由に振り分け、設立会社に優良資産を切り出すにあたって、当該資産に見合った債務(一部の優遇する債権者に対する債務)を承継させることで、設立会社が分割会社に交付する対価を安く設定することが行われており、結果、分割会社には、不良資産しか残らず、設立会社に対して弁済を求めることができない分割会社に残された債権者の債権回収が著しく害される事態が生じているのです。

分割会社に残された債権者が採りうる手段

以上のような結論が不当であることは明らかですが、分割会社に残された債権者が採りうる手段はないのでしょうか。

この点、昨今、会社分割に対して詐害行為取消を認める裁判例が出てきており、注目を集めています(東京地裁平22.5.27等)。

詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害することを知って法律行為をした場合、債権者がその法律行為の取消しを裁判所に請求できるという権利をいいます(民法424条)。

会社分割は、私法上の取引行為ではなく、会社法に基づく組織法上の行為であるため、そもそも詐害行為取権の対象となりうるか否かについて、肯定説・否定説が分かれており、いまだ実務も学説も確立したとはいえない状況ですが、上記裁判例は、詐害行為取消権の対象となることを肯定しました。

また、設立会社が分割会社に対価を交付するため、計算上は、会社分割の前後で一般財産を減少させたといえないことから、詐害行為取消の要件である詐害性、すなわち、「総債権者の共同担保となるべき債務者の一般財産が減少して債権者が満足を得られなくなること」という要件を満たすか否かも問題となりますが、上記裁判例は、「一般財産の共同担保としての価値が実質的に毀損された」として、詐害性を肯定しました。

さらに、詐害行為取消が認められるとして、取消しの範囲および原状回復の方法が問題となりますが、上記裁判例は、詐害行為となる会社分割の目的物である資産(金銭債権および固定資産)が可分であることを理由に、取消しの範囲を、債権者である原告が有する債権の額を限度とするとし、また、原状回復の方法としては、会社分割により承継させた資産を現物返還させることが可能であれば、できるだけこれを認めるべきであるとしつつも、裁判例の事案では、個別の権利が特定されておらず、また、会社分割後に資産の変動もあるとして、現物返還に代え、価格賠償を認めました。

上記裁判例は、実務上、会社分割によって債権者が害されうる事態が生じていることを考慮し、濫用的会社分割に待ったをかけたものです。今後、同種の裁判例が出ることも予想され、その動向が注目されます。

H22.11掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。