中小企業の法律相談

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使用者責任

1 使用者責任とは

会社の社員が、会社の業務にあたってトラブルや事故を起こしたとき、会社が損害賠償請求をされることが多々あります。社員の行為により損害を受けたと主張する被害者としては、資力の期待できない個人である社員に請求するよりも、一般的にはお金を持っていると考えられる会社に請求したほうが、より多くお金をもらえる可能性が高いので当然といえば当然です。

社員の行為によって会社が責任を負う法的根拠としては、表見責任や安全配慮義務違反などさまざまなものが考えられますが、今回は、基本的な規定である民法715条の使用者責任について考えてみたいと思います。

民法715条は、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。そもそも、なぜ、使用者である会社自身は何も不法行為をしていないのに、損害賠償責任を負うのでしょうか。

その根拠としては、「使用者は被用者の活動によって利益を上げているので、利益の存するところには損失も帰するべきである」という報償責任の考え方や、「人を使用して自己の活動範囲を拡大している以上、その危険を支配する者がその責任も負うべきである」といった危険責任の考え方が挙げられています。

では、具体的に、どのような要件の下に、会社に使用者責任が認められ、損害賠償責任を負うことになるのでしょうか。

使用者責任

2 要件

  1. 使用関係があること
     使用者責任ですから、当然使用関係があることが要件となります。
     使用関係は、通常、雇用、委任その他の契約に基づくものであることが多いですが、事実上仕事をさせているにすぎない場合も含まれます。すなわち、使用者と被用者の間に実質的な指揮・監督関係があればよいと考えられているのです。たとえば、下請人の不法行為についても、下請人と元請人の間に実質的な指揮・監督関係がある場合には、元請人も使用者責任を負うべきとされています。
     また、使用関係については、一時的でも、非営利でも、違法でもよいと考えられています。たとえば、階層的に構成されている暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間には、同暴力団の威圧を利用しての資金獲得活動について、使用者と被用者の関係が成立しているとされました(最判平16.11.12)
  2. 「事業の執行について」なされること
     「事業の執行について」とは、被用者の事業の執行から直接に生じたものに限られず、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと認められる場合をも包含すると考えるのが判例です(最判昭40.11.30)。また、この外形からの観察にあたっては、被害者側の悪意または重過失といった主観的事情も加味すべきものとされています。
     この「事業の執行について」にあたるかは、使用者責任の要件の中でも特に争われるところですが、結局は具体的な事案に即した判断がなされています。いくつか例を見てみましょう。
     ■被用者の手形偽造行為が「事業の執行について」なされたものと判断された事案(最判昭43.4.12)
     被用者に手形振出の権限はかったものの、当該被用者は手形の交付や注文等の仕事に携わる地位にあり、手形の作成交付自体に無縁ではなかったという事情等を考慮して、被用者の手形偽造行為が「事業の執行について」なされたものと判断されました。
     ■終業後、職場外での飲み会における上司の女性社員に対する性的いやがらせが、「事業の執行について」なされてものと判断された事案(大阪地判平10.12.21)。
     この事案は、職場外でかつ強制的でない飲み会の席であったにもかかわらず、上司が仕事の話を絡ませながら性的いやがらせを繰り返していたことをとらえ、このような性的いやがらせは職務に関連して上司たる地位を利用して行ったものであるとして「事業の執行について」なされたものと判断されました。
     ■会社の車を会社に無断で私用運転して交通事故を起こした場合、私用運転が「事業の執行について」なされたものと判断された事案(最判昭46.12.21)
     会社の車を社員が会社に無断で私用運転することは、そもそも会社の適正な業務の執行とはいえません。しかしながら、会社の車は通常、会社の支配領域内で運転されるのが通常であり、会社が無断で私用運転することを禁じていたとしてもそれは会社の内部の問題にすぎず、外形的には「事業の執行について」行われものとして判断されたものといえます。
     ■被用者が職場で第三者に加えて傷害を負わせたことが「事業の執行について」なされたものと判断された事案(東京地判平6.1.27)
     この事案では、当該暴行が、被用者の勤務中、その勤務場所において、勤務時間中に、業務を遂行する過程で行われた暴力であったことを理由に、「事業の執行について」なされたものと判断されました。
  3. 被用者の不法行為
     使用者責任は、被用者の不法行為に対する責任ですので、問題となっている被用者の行為自体が不法行為の要件をみたしている必要があります。
  4. 使用者に免責事由がないこと
     民法715条1項ただし書きは、使用者が被用者の選任及び監督について相当の注意をしたとき、または相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、使用者の責任を免責する旨を規定しています。しかし、現在では、使用者の免責を認めるものはなく、事実上、無過失責任となっています。

3 使用者は、従業員に求償することができるか

使用者責任は、被用者の不法行為に関する責任ですので、最終的な責任負担者が被用者であることからすれば、当然求償はできます(民法715条3項)。

もっとも、事業の性格その他諸般の事情に照らし、使用者の被用者に対する求償は、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度に制限されるというのが判例です(最判昭51.7.8)。上記の報償責任や危険責任といった考え方からも、全ての責任を被用者に負わせるのは妥当ではないでしょう。

4 最後に

会社をはじめとして使用者は、社員の行為について、広く責任を負うことになります。会社が、少しでも使用者責任を問われることがないように、社員が第三者に損害を与えるような行為をしないよう、日ごろから注意・監督をしたり、防止措置をとったりするように心がけましょう。

H23.2掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。