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脱ハンコ~電子契約書は裁判の証拠になりうるか

契約方式の自由

通常の契約は契約書がなくても成立します(民法522条2項)。保証契約や定期賃貸借契約など、方式が決まっている特別な契約類型は別ですが、大抵の契約は口頭ででも成立します。

しかし、口頭で契約した場合、本当に契約を締結したのか、契約内容がどんなものだったのかを後日に証明することが困難です。このため、後日の紛争に備えて証拠を残すために、契約書を作成しているわけです。

契約書は証拠となればいいわけで、必ずしも紙である必要はなく、裁判で証拠として利用できるのであれば電子文書でも良いことになります。

では、電子文書は裁判における証拠として利用できるのでしょうか。

脱ハンコ~電子契約書は裁判の証拠になりうるか

紙の文書と二段の推定

民事裁判で、紙の文書を証拠として提出する場合には、その文書の成立が真正であることを証明しなければなりません(民事訴訟法228条1項)。「真正な成立」とは、作成者本人が、本人の意思で作成したということを意味します。

100万円の借用書があったとしても、借りた本人が作成したのではなく誰かが勝手に作ったものであれば証拠にはならないわけです。

本人が作成した文書だと証明するにはどうすればいいでしょうか。

民事訴訟法228条4項は、文書に本人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定すると定めています。本人による手書きの署名か、本人による押印があれば、本人によって作成された文書だと推定するわけです。

手書きの署名であれば、筆跡鑑定も可能でしょう。しかし、ハンコは誰が押しても同じ印影ですから、印影を見ただけでは本当に本人が押印したのかわかりません。では、本人が意思をもって押印したといえるのはどんな場合でしょうか。

昭和39年の最高裁判決は、文書に作成者本人の印章による印影があるのなら、本人の意思によって押印されたのだろうと事実上推定できるとしました。

このような文書の真正にかかる推定のしくみを、民事訴訟の世界で「二段の推定」といいます。例えば印鑑証明書で本人の印章による印影であることを立証できれば、反証ない限り、印影は本人の意思に基づいて顕れたものと事実上推定され(一段目の推定)、文書全体の成立の真正が民事訴訟法228条4項により推定されることになります(二段目の推定)。

二段の推定の結果、文書が真正に成立したと認められた場合には、特段の事情のない限り、本人によって文書記載のとおりの法律行為が行われたことになります(最高裁昭和45年判決)。

電子署名法3条による法的推定効

紙の場合の手書き署名や押印に相当するものを、電子文書に対して行うのが電子署名です。

電子署名は、公開鍵暗号と呼ばれる技術を用いたものが中心となっています。秘密鍵で暗号化されたデータは、公開鍵でしか複合できず、秘密鍵は所有者以外には公開されていません。公開鍵で複合可能なデータであれば、それは秘密鍵の所有者によって暗号化されたものだとわかります。しかし、それだけでは鍵の所有者本人によって署名されたことはわかるものの、その所有者本人が一体誰なのかがわかりません。そこで、予め認証局に公開鍵とその所有者をセットで登録しておき、認証局に問い合わせれば公開鍵の所有者がわかるようにしておきます。

電子署名法3条は、電子署名のうち、署名するために必要な符号及び物件が適正に管理されていて、本人だけが署名できるものに限り、電磁的記録の真正な成立の推定という法律上の効果を与え、このような電子署名のある電磁的記録については真正に成立したものと推定すると定めました。

つまり、認証局に登録された公開鍵とその所有者情報によって、電子署名から電子署名作成者が誰であるかを特定できるものに限り、上述した「二段の推定」のうちの「二段目」の法的推定効が生じるのです。

本人署名でなければ法的推定効は生じない

契約当事者が自ら電子署名を行うタイプ(当事者署名型)の場合は、認証局が発行する電子証明書(紙の契約での印鑑証明書に相当)により証明します。電子証明書発行の際の本人確認の厳格さが電子証明書の信用性につながることから、重要な用途に用いる電子証明書は、より厳格な本人確認を行う認証局で発行する必要があります。

このように、電子契約書に契約当事者の電子署名が付され、厳格な認証局による電子証明書が付属していれば、電子署名法3条により真正な成立が推定され、押印された紙の書面と同様の証拠力を持つことになります。

一方、最近注目されている方式は、契約当事者本人が署名を行うのではなく、利用者の指示によりベンダーが署名を行うタイプ(ベンダー署名型)です。この方式は、本人が認証局に登録を行う手間が省かれコストも軽減されますが、電子署名法で定められた方式ではないため、法3条による法的推定効が及びません。とはいえ、信頼できるベンダーが厳格に利用者の本人確認をしたうえで、利用者の指示に従い署名する仕組みであれば、法的推定効がないからといって一律に切り捨てる必要はないと思われます。

例えば、継続的取引関係にあり、相手方の本人確認の問題が生じるリスクが低いケースでは、法的推定効を重視する必要性はそれほど高くなく、ベンダー署名型の電子契約でも足りると思われます。取引基本契約書のみを紙の文書で作成しておき、個別契約は電子契約で締結するような場合も同様です。

本人性を争われる余地を否定できない重要な契約であれば、コストや手間をかけて法的推定効の及ぶ当事者署名型の電子契約(あるいは実印押印による紙の契約書)を選択、そうでなければベンダー署名型の電子契約を選択というような使い分けが有用と考えられます。

将来は電子契約が当たり前に?

電子契約は正しく使用すれば遠隔地での契約締結が容易になり、印紙税のコストを削減できるといったメリットがあります。紙の文書に比べて網羅的な監査もしやすく、コンプライアンス向上も期待できます。電子契約が当たり前になり、紙の契約書が珍しいと言われる時代が来るかもしれません。様々な電子契約サービスの中から御社に最適なものを選別していくことが必要になるでしょう。

R2.9掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。