中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

不動産賃料の減額請求権

昨年からの世界的な不景気は,実体経済を揺るがし,多くの業種に深刻な影響を与え,不動産価格も大幅に下落しているようです。

このような状況の中,営業施設を賃借している企業にとっては,賃料というのは継続的で,不可避な費用として支出されるものだけに,何とか減額し,コストを下げたいと思われるでしょう。

そこで,普段はあまり見ない賃貸借契約書を取り出し,賃料を減額できる条項はないかと探ってみると,賃料を減額できる条項など見当たらず,むしろ賃料を3年毎に増額するという条項を見つけてしまい,愕然とするということは結構多いのではないでしょうか。

そのような場合,もはや賃借人からの賃料減額の請求は諦めないといけないのでしょうか。

不動産イメージ

借地借家法に基づく賃料減額請求権

建物の所有を目的とする借地や借家の存続期間や効力について特別の定めをする借地借家法という法律があります。不動産の賃貸借契約については,民法が規定をしているのですが,建物所有を目的とする借地や建物の賃貸借は,借地人,借家人の方が貸主に比べ立場が弱いことから,借主の利益を守るために,民法の原則ではなく「特別な定め」を法律が設けているのです。

借地借家法第32条には,「建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物借賃の額の増減を請求することができる。」という規定があります(借地については第11条に同種の規定があります)。

この規定は,本来賃料は,契約自由の原則により,当事者の合意によって自由に定められるものではありますが,その定めが契約後の事情の変更により不相当となったときは,当事者の公平を図るために,賃料の増減を相手方に請求することができるようにしたものです。

そうであれば,この規定に基づいて賃料の減額請求はできそうです。

確かに,契約書において,賃料の減額請求ができる旨の規定がなくても,この借地借家法の規定に基づき賃料の減額請求をすることができます。

しかし,「賃料は減額しない」とか「賃料を3年毎に増額する」と明示的に特約が付されている契約でも,この借地借家法の規定を利用することができるのでしょうか。

借地借家法と特約のぶつかり合いという場面です。裁判所はどう判断したのでしょうか。

減額しない特約と借地借家法に基づく減額請求権

では,まず,土地の賃貸借契約について,「3年毎に賃料の改定を行うものとし,改定後の賃料は従前の賃料に消費者物価指数の変動率を乗じ,公租公課の増減額を加除した額とするが,消費者物価指数が下降しても賃料を減額することはできない。」という,いわば「減額しない特約」があった事例をご紹介します。

この事例について,最高裁判所は,借地借家法第11条の規定は,強行法規であって,特約によってその適用を排除することはできないとして,賃料の改定に関する特約がある場合でも,賃料の減額請求の行使は妨げられることはないと判断しました(最高裁平成16年6月29日判決)。

強行法規とは,これに反する合意を当事者がしても効力を持たない法規のことで,裁判所は特約よりも借地借家法の規定が優先されると判断したのです。

増額する特約と借地借家法に基づく減額請求権

では,減額しないに留まらず,増額する旨の特約がある場合はどうでしょうか。

この事例は大型のスーパーストアの賃料の減額請求が問題となった事案ですが,賃貸借契約書では「賃料は3年毎に改定するものとし,初回改定時は7%,その後は3年毎に最低5%以上を増額するものとし,7%を目処に本件土地に対する公租公課,経済情勢の変動等を考慮し,双方協議のうえ定める」という特約が付されていました。

家主としては,賃借人の要望で大型のスーパーストア用に建築した建物なので,他の借主を見つけるのは非常に困難で,そうであるからには安定的な賃料収入を得たいと考え,このような特約が付されるに至ったのであり,それは理解できないことではありません。

その点を重視し,東京高裁は,「本件賃貸借契約は借地借家法が想定している賃貸借契約の形態とは大きく趣を異にする」として,「当該賃料の額について賃借人の経営状態に照らして当初の合意を維持することが著しく合理性を欠く状態となり,合意賃料を維持することが当該賃貸借契約の趣旨,目的に照らし公平を失し,信義に反するというような特段の事情があるかどうかによって判断するのが相当」と判断し,結果的に減額請求を認めませんでした。契約の特殊性から借地借家法よりも特約をやや優先させたともいえる判断をしたのです。

しかし,最高裁は,この高裁の判断を退け,「借地借家法第32条1項の規定は,強行法規であり,賃料自動改定特約等の特約によってその適用を排除することはできない」と前記最高裁判決と同様の説示をしたうえで,本件賃貸借契約の特殊性があるからといって,借地借家法の規定にある「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」という基準を排除し,別の基準(賃借人の経営状態)を設けるのは相当ではないとしました。

契約の特殊性は「不相当」の判断をする上では斟酌される一要素ではあるが,それによって借地借家法の基準が排除されることにはならないという判断です。

これらの最高裁の判断からすると,どんな特約があっても,借地借家法の規定が優先されることが確認されたといえます。

もとよりそれぞれの契約に至る事情等があるので,減額請求が認められるかどうかは個別の判断とはなりますが,少なくとも,どのような特約があっても,借地借家法に基づく賃料減額請求は可能であると考えていいでしょう。

H21.04掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。