中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

過労死、過労自殺について

[1] はじめに

広告代理店電通の女性社員が過労自殺したという事案が大きく報道されました。

近年、過労死等が多発し大きな社会問題となっていることなどを受けて、平成26年11月1日から過労死等防止対策推進法が施行されているところですが、過剰労働を原因として従業員が死に至るという事例は後を絶ちません。

過剰労働により従業員が死に至るケースとしては、従業員が過剰労働を原因として、

  1. 脳血管疾患(脳出血、くも膜下出血、脳梗塞など)や虚血性心疾患等(心筋梗塞、狭心症等)を発症し死に至るケース(過労死)、
  2. 精神障害(うつ病等)を発症し自殺するケース(過労自殺)
    がありますが、今回は、これらについて簡単に確認していきたいと思います。
過労死、過労自殺について

[2] 過労死(上記A)

脳血管疾患や虚血性心疾患等は、加齢や食生活などの日常生活による要因や遺伝の要因により徐々に増悪して発症するものですが、過剰労働が原因で、血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患を発症することもあり、その場合には、労災補償の対象となります。どのような場合に過剰労働が原因と評価できるのかが問題となりますが、これに関しては、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」が定められています。同認定基準においては、次の(a)~(c)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、労働基準法施行規則別表第1の2第8号に該当する業務上の疾病として、取り扱われるとされています。

  1. 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと(異常な出来事)
  2. 発症に近接した時期において、特に加重な業務に就労したこと(短期間の加重業務)
  3. 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に加重な業務に就労したこと(長期間の加重業務)

具体的な評価方法については、同認定基準において詳細に定められていますが、たとえば、上記a (長期間の加重業務)に関して、発症前1か月間におおむね100時間、又は、発症前2か月間ないし6か月間にわたって1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働(1週間あたり40時間を超えて労働した時間数)が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされています(いわゆる過労死ライン)。

[3] 過労自殺(上記B)

業務による心理的負荷(仕事によるストレス)によって精神障害(うつ病等)を発病した人が自殺した場合は、精神障害(うつ病等)によって、正常な認識や行為選択能力、自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったもの(故意の欠如)と推定され、原則として、その死亡は労災認定されます(「心理的負荷による精神障害の認定基準」参照)。したがって、労災認定されるか否かは、当該精神障害(うつ病等)が業務による心理的負荷によって発症したものといえるかどうかがポイントになりますが、同認定基準においては、以下の(a)~(c)のいずれの要件も満たす精神障害は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱われるとされています。

  1. 対象疾病(認定基準で対象とする精神疾患)を発病していること
  2. 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷及び個体側の要因により発症したとは認められないこと

具体的な評価方法については、同認定基準において定められていますが、上記b (業務による強い心理的負荷が認められるか)に関しては、発病前おおむね6か月の間に起きた業務による出来事について、「業務による心理的負荷評価表」(同認定基準別表1)に照らし、心理的負荷の強度が「強」と総合的に判断される場合に、強い心理的負荷が認められるとされています。様々な出来事の総合評価にはなりますが、長時間労働に関しては、たとえば、発病直前の1カ月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合や、発病直前の3か月間連続して1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った場合には「強」になるとされています。

[4] 使用者が負う責任、リスク

上記[2],[3]のとおり、過労死、過労自殺と労災認定された場合には、労災補償を受けることになりますが、企業としては、亡くなった従業員の遺族から損害賠償請求を受ける可能性があります。「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なわないよう注意する義務」を負うと解されているところ、(電通事件・最二小判平12.3.24、労働契約法5条参照)、これに違反した場合には、債務不履行ないし不法行為として損害賠償責任を負うことになるのです。

その他、企業としては、過剰労働に関して、労働基準監督署による是正勧告を受けたり、さらには刑事責任を追及されたりする可能性もあります。マスコミに過労死や過労自殺が報道されることにより、ブラック企業とのレッテルを張られ、企業の信用低下にもつながりかねません。

[5] 企業としての対策

従業員が過剰労働により追い込まれ、過労死、過労自殺してしまうことは、従業員やその遺族などにとって、言葉に言い表せないほどの悲しい出来事です。このような結果を生じさせないために企業ができることは、当然のことですが、従業員に「過剰労働をさせない」ことに尽きます。業務の都合上、ある程度の時間外労働、長時間労働もやむをえないという職場もあるかと思います。しかしながら、過労死、過労自殺の重大さを認識し、少しでも長時間労働を削減する(適正な労働時間の把握、適切な業務の割り振り)、働き方の見直しをする(ワークライフバランスのとれた働き方、有給休暇の取得)、メンタルヘルス対策を推進する(ストレスチェックなど)など、労務管理をしっかり行っていくことが従業員のため、ひいては企業のために重要であろうと思います。上記の認定基準のほか、厚生労働省の関係指針、通達等も労務管理のために参考になると思います。

H28.12掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。