中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
取締役の責任
平成21年11月27日、最高裁判所第二小法廷は、A銀行がB会社に融資をした事案について、回収可能性がないにもかかわらず融資を実行したとして、それを決定したA銀行の取締役らの善管注意義務違反を認めました。
その事案の概要は、以下のようなものです。
「A銀行は、県から要請を受け、県において再建資金の融資を計画していたB社に対し、上記融資が実行されるまでのつなぎ融資を実行した。その後、B社に追加融資をしてもその回収を容易に見込めない一方、これをしなければB社が破綻、倒産する可能性が高く、B社が破綻、倒産すれば、県のB社に対する融資により回収することを予定していた上記つなぎ融資まで回収不能となるおそれがある状況のもと、約3年の間、数十回にわたり追加融資を実行した。
上記追加融資を続ける過程で、A銀行は、県の担当者から、知事がB社の創業者であるCおよびその親族をB社の経営から排除することを県のB社に対する融資の条件とする意向を示している旨の連絡を受けたこと、その当時、法的手続を通じてCおよびその親族をB社の経営から排除することは困難な状況にあり、その後も、同人らを排除することができない状況が続いたこと、その間、A銀行は、県に対し、2度にわたり期限を定めて県のB社に対する融資の実行を求めたにもかかわらず、県は2度目の期限も徒過し、その時点で、上記知事の意向の連絡を受けてから10か月以上が経過していたこと、上記時点までには、A銀行自身も、資産査定において、B社の債務者区分を要注意先から破綻懸念先に変更するに至っていたといった事情のもとで、A銀行は追加融資を実行した。」
かかる事例について、最高裁判所は、実質的に無担保で高額の融資残高が残っているB社に対するつなぎ融資の実行を決裁することに合理性が認められるのは、A銀行が県との信頼関係を維持する必要があったことを考慮しても、県のB社に対する融資が実行されることにより、つなぎ融資の融資金をほぼ確実に回収することができると判断することに合理性が認められる場合に限られるとし、上記時点以降は、「A銀行の取締役らにおいて、上記つなぎ融資の回収原資をもたらす県のB社に対する融資が実行される相当程度の確実性があり、その実行までB社を存続させるために追加融資をしたほうが、追加融資分が回収不能になる危険性を考慮しても全体の回収不能額を小さくすることができる」と判断することは、著しく不合理であり、上記時点以降の追加融資については、これを決定したA銀行の取締役らに善管注意義務違反がある旨を判示しました。
銀行取締役の融資実行判断について、最高裁判所は、平成20年に、株式会社北海道拓殖銀行の取締役らに善管注意義務違反を認める判断を示しており、融資実行の合理性を簡単に肯定しない立場を取っていることがうかがえますが、本件は、破綻していないA銀行の取締役らの判断に善管注意義務違反を認めた点に特徴が見られます。
なお、本件においては、決裁に関与しなかった取締役の善管注意義務違反(監視義務違反)も追求されましたが、決裁に関与しなかった取締役の責任は否定されました。
取締役の責任(経営判断の原則)
本件では銀行の取締役の善管注意義務違反が問題となりましたが、銀行以外の会社の取締役も同様の責任、すなわち、会社に対しその任務を怠ったことにより生じた損害を賠償する責任を負います(会社法423条1項)。そして、その取締役の任務懈怠とは、善管注意義務違反・忠実義務違反をいいます(会社法330条、民法644条、会社法355条)。
取締役の判断に、具体的な法令違反が存在する場合、善管注意義務違反(忠実義務違反)が認められやすくなりますが、そうではなく、いわゆる「経営判断」の是非が問題なる場合、「その経営上の措置を執った時点において、取締役の判断の前提となった事実の認識に重大かつ不注意な誤りがあったか、あるいは、その意思決定の過程、内容が企業経営者として特に不合理、不適切なものであったか否か」が検討されることとなります。
すなわち、取締役は、不確実な状況で迅速に決断をすることを迫られる場合が多いため、一般的に信頼に足りる情報収集・調査等に基づいて認識した事実をもとにした意思決定については、その意思決定の過程、内容が特に不合理でなければ、善管注意義務違反(忠実義務違反)は認められません。
これは、経営に冒険は不可避であるため失敗はつきものですが、失敗をしたという結果論をもって当時の判断が誤っていたと事後的に評価されることがあれば、取締役の判断を極端に萎縮させるおそれがあるので、できるだけ取締役の判断を尊重しようという考えによるものです。
具体的な事案を以上の判断基準に当てはめた結果、「取締役の判断の前提となった事実の認識に重大かつ不注意な誤りがあった」か、あるいは、「その意思決定の過程、内容が企業経営者として特に不合理、不適切なものであった」場合には、善管注意義務違反(忠実義務違反)が認められ、取締役は、会社に対し多額の損害賠償義務を負うこととなり、株主代表訴訟等によって、その責任の追及を受けることとなるのです。
近時、会社が締結した探偵社・興信所との調査委託契約について善管注意義務違反が認められた事例も存在します(東京地判平18.11.9判タ1239.309等)。過度に慎重になる必要はありませんが、経営判断をするにあたっては、一般的に信頼に足りる情報に基づいて判断をしているか、判断の過程、内容の合理性(特に経済的観点からの合理性)を説明できるかといった点を意識するように心掛けるとよいでしょう。
H22.04掲載