中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
中国へ企業進出する際に知っておくべき労務問題
はじめに
東日本大震災は、日本経済に大きな打撃を与えただけでなく、日本企業に対して大きな方針転換を迫る結果をもたらしました。
中でも製造業における工場の被災や、震災後の電力不足の問題等を受けて、日本企業が海外へ進出しようとする動きがより活発になったことはよく知られている事実です。
日本企業が海外へ進出しようとする場合の候補地としては、圧倒的にアジアが多く、その中でも中国が突出していると言われています。
そして、こうした流れの中で、中国に進出しようとする日本企業が中国人の現地スタッフを雇い入れるケースも今後増えてくると考えられますが、そうした場合、中国の労務に関する法的知識が不可欠です。
そこで、今回は,まず、中国の労務に関する法令について簡単に触れたうえで、日本企業が中国で現地スタッフを雇用する際の留意点について考えてみたいと思います。
現地スタッフを雇用する際に知っておきたい法律
日本の労働基準法に相当する法律として、中国では1995年に「労働法」という基本法が施行されましたが、解釈の余地が大きい法律であったため、労働者にとって不利な労働契約が慣習化するなど、労働者の権利が十分に保障されないという問題がありました。
そこで「労働法」の規定を補足し、労使の権利義務関係を具体的に明文化した法律として2008年に制定されたのが「労働契約法」です。
「労働契約法」では、労働者保護の見地から、労働契約の形態を明確に規定したほか、期間の定めのない労働契約が成立しやすいよう要件を緩和する規定を設ける等して雇用の安定化が図られました。
そして、その後も「就業促進法」、「労働紛争調停仲裁法」、「従業員年次有給休暇条例」等の重要な法令が相次いで施行され、中国の雇用に関する法規は整備されていきました。
中国の雇用に関する法規には、これら以外にも、さまざまな法律、行政法規、部門規則(労働時間規定、最低賃金規定等)、さらには地方レベルの法令がありますので、中国で現地スタッフを雇用する際には、当地の法規等に十分注意する必要があります。
書面による労働契約の締結が必要です
中国で現地スタッフを雇用する際には、雇用関係の成立と同時に書面(契約書)を交わさなければなりません。
書面による労働契約を締結しなかった場合、使用者が労働者に毎月2倍以上の賃金を払わなければならない等の「労働契約法」で定められた重いペナルティーを科されることがあります。
なお、労働契約書において約定しなければならない事項は、「労働契約法」に明示されており、その中には、労働契約の期間、業務内容、業務場所、業務時間、休息場所、労働報酬等の労働条件も含まれています。
日本でも労働者を採用する際の労働条件の明示義務がありますが、中国では、書面による契約事項とされており、明示事項が日本以上に厳密に定められているといえます。
そのため、中国で現地スタッフを雇用する際には、労働紛争等の労務リスクを回避するべく、日本における以上に、労働契約書の内容を慎重に検討することが必要になってきます。
労働契約の期間は3種類です
先程、労働契約書を交わす際に、労働契約の期間を約定しなければならないと言いましたが、中国では、労働契約の期間は以下の3種類に分類されます。
- 固定期間労働契約
例えば、契約期間を3年間とする労働契約のように、期間の定めのある労働契約(有期労働契約)を指します。 - 無固定期間労働契約
期間の定めのない労働契約を指します。
固定期間労働契約と異なり、契約期間の満了をもって退職させることができません。そのため、企業にとっては、契約解除要件を満たさない限り契約を解消できないというリスクがあるのですが、労働契約法上、以下の(1)~(3)に該当する場合には、労働者が契約締結時または更新時に有期労働契を申し出ない限り、企業は労働者と無固定期間契約を結ばなければならないとされています。- 労働者の当該雇用企業における勤続年数が10年になるとき
- 雇用企業が初めて労働契約制度を実行し、または国有企業が制度改革により新たに労働契約を結ぶ場合に、当該雇用企業において勤続年数が10年になり、かつ、法定定年年齢まで10年未満であるとき
- 固定期間労働契約を連続して2回締結し、かつ、使用者が一方的に労働契約を解除できる法定の事由がなく、労働契約を更新するとき
- 一定の業務完了までを期限とする労働契約
企業と労働者が一定の業務の完了をもって契約期間満了とすることを合意のうえ、結ぶ労働契約を指します。
契約の長さによっては試用期間を設けることが可能です
以上のように、企業としては、無固定期間労働契約に移行するリスクを抱えながら労働者を採用しなければならないわけですが、一方で、中国にも試用期間の制度があり、企業は、労働者の資質を試用期間に判断することができます。
この点、日本では、試用期間の長さは慣習に委ねられており、法律の規定はありませんが、中国においては、例えば『3ヶ月以上1年未満の労働契約については、試用期間は1ヶ月を超えてはならない』というように、労働契約の長さに応じて労働契約法上、試用期間が明示されていることに注意が必要です。
また、日本と違って、パートタイム労働契約については、試用期間を約定することができません。
最後に
今後も、日本企業による中国進出の動きは、活発化していくことが予想されます。
そうした場合、中国の労務問題に関する知識は不可欠なのですが、中国人スタッフを雇う際に注意しないといけない点は、今回お話しさせていただいた点以外にも、戸籍の問題、労働組合の問題、賃金の問題等、様々あります。
そこで、次回は、こうした点についてお話ししたいと思います。
H24.9掲載