中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
中小企業こそ必要!事業継続計画(BCP)
企業をとりまくリスクの高度化
この夏、日向灘を震源とする最大震度6弱の大地震が発生し、南海トラフ地震の発生確率が相対的に高まっているとして、広範囲に南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されました。日ごろの備えの重要性を改めて感じた方も多かったのではないでしょうか。

近年、大地震や台風といった大規模な自然災害が九州をはじめ全国各地で頻発しています。情報サービスやサプライチェーンの高度化・グローバル化に伴い、サイバー攻撃やシステム障害、地政学上の緊張による物流の途絶など、自然災害以外のリスクも顕在化しています。
こうした脅威が企業経営に与える影響はますます高まっており、事業継続のための対策を平時から進めておくことが不可欠です。
BCPはなぜ重要?
事業継続計画(Business Continuity Plan)とは、自然災害、感染症の蔓延、火災等の大事故、サプライチェーンの途絶、サイバー攻撃、大規模システム障害等の不測の事態が発生しても、企業が、事業資産の損害を最小限にとどめ、中核となる事業を継続し、仮に中断しても可能な限り短期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画をいいます。
「2022年版中小企業白書」によれば、中小企業の半数近くはBCPを策定していません。平時はどうしても日常業務に追われ、不測の事態を見越した計画策定が後回しになりがちです。
しかし、緊急事態は突然発生します。有効な手を打たなければ、特に中小企業は、経営基盤が脆弱なため、廃業に追い込まれかねません。事業を縮小し従業員を解雇しなければならない状況も考えられます。緊急時に倒産や事業縮小といった事態を回避するためには、平常時からBCPを周到に準備し、いざという時に事業の継続・早期復旧を図ることが重要となります。
法的な観点からも、BCPは必要です。取締役会設置会社等においては、取締役による内部統制システム構築義務のひとつとして「損失の危険の管理に関する規程その他の体制」(会社法362条4項、施行規則100条1項2号)が明記されており、これにBCPが含まれると考えられています。つまり、BCPを策定していないために、取締役の任務懈怠(会社法423条)や第三者責任における重過失(同法429条)が認められるおそれがあるのです。
取締役会設置会社でなくとも、これだけBCPへの意識が高まっている今日においては、会社の危機管理ができていなかったために損害が発生・拡大したとして、取締役が任務懈怠責任を負う可能性を否定できません。天災だから仕方ないという弁解が通用せず、会社が従業員や取引先に賠償義務を負う可能性もあるのです。
大川小学校事件を教訓に
東日本大震災に伴う大津波で、石巻市立大川小学校の児童74名、教職員10名が犠牲となりました。児童が校庭に集合して50分あまり経過した後、近くの高所への避難を決定し、教職員と児童が列を作って歩いていたところに津波が襲来したのです。児童の遺族が宮城県と石巻市を訴えた裁判で、仙台高裁は、市教委や校長らの義務懈怠を認定し、県と市の賠償責任を認めました。
市教委や校長は、危機管理マニュアルが実態を踏まえた内容となっているかを確認し、内容に不備があればその是正をすべき義務があり、想定される津波からの適切な避難場所、避難経路等を具体的に定めるべきであったのに、それを懈怠したと判断したのです。つまり、震災発生時に適切に誘導しなかったことではなく、平時における事前対策の不備こそが問題だとされたわけです。組織のリスク・マネジメントにおいて大いに教訓とすべき事件と言えます。
BCPをどうやってつくる?
BCPの策定手順については、内閣府防災担当、中小企業庁のほか、各監督官庁や自治体が様々なガイドラインを公開しています。最低限、次の点をとりまとめ、文章化しておくことが必要でしょう。また、BCPをつくっただけで満足せず、常に見直し、必要な改訂を加えていくことも重要です。
- 基本方針の定め
医療機関なら人命救助、介護施設・学校なら入居者や生徒の安全確保、インフラ関連会社ならすみやかなインフラ復旧、小売企業なら住民への生活必需品供給など、緊急事態において最も優先すべき企業理念を検討します。一般的には従業員の安全確保や業務の早期稼働などが挙げられるかもしれません。 - 重要商品・サービスの選定
緊急時は普段のように手広く商品・サービスを取扱うことが難しく、どうしても取捨選択が必要となります。中核となる商品・サービスを予め選定しておくことで、平時に準備すべき対策を明確にし、緊急時にはリソースを集中することができます。 - 被害状況の想定
様々なリスクが顕在化した際に企業がいかなる被害を受けるかを想定します。例えば施設が停電したとき、工場が浸水したとき、物流が途絶したとき、果たしてどうなるのかを様々な角度から洗い出すわけです。 - 事前対策の検討
想定される被害を前提に、重要商品・サービスを提供し続けるための対策を検討します。既に対策済みのもの、まだ対策できていないものに分類し、必要な対策を整えます。
例えば、データサーバーの浸水が想定される場合に、遠隔地のデータセンターに分散して保管するという事前対策が考えられます。物流途絶が想定されるなら、調達品の代替ルートを予め確保します。自社だけで十分な対策がとれないのであれば、近隣企業や遠方の協力企業と事前に連携しておくのも一案でしょう。 - 緊急時の体制整備
緊急時の初動体制、指揮命令系統、情報収集・発信体制を予め具体的に定めておくことが必要です。例えば、社長と連絡がつかないときに誰が社長に代わり指揮を執るのか、従業員の安否や取引先の被災状況をどのように情報収集するか、というようなことです。
業務継続で地域に貢献
どんな企業も、業務や雇用を通じて地域を支える重要な存在です。緊急時に、しっかりと事業を継続し、あるいはすみやかに復旧することが、地域社会への最大の貢献となるはずです。地域に根差した中小企業だからこそ、平時の備えが重要なのです。
R6.10掲載