中小企業の法律相談

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労働災害と会社の民事賠償責任

労働災害

労働災害(労災)とは、労働者が業務中や通勤中に被った負傷、死亡、疾病などのことをいいます。労働者が工場での作業中に機械に手が巻き込まれて負傷したり、通勤中に交通事故に遭ったりする事案が典型的ですが、長時間労働を強いられたことによる過労死(自殺)や、パワハラ・セクハラによるうつ病の発症などが労災と判断されることも多くあります。

会社としては、労働災害の発生を防止するために、労働安全衛生法をはじめとする労働安全衛生関係の法令を守り、法令に従った対策(危険防止の措置、健康管理の措置、安全衛生教育の実施等)を講じなければなりませんが、不幸にも、労災が起きてしまった場合の基本的な事項を確認したいと思います。

労働災害と会社の民事賠償責任

労災保険制度

労働者を雇う事業主は、一部を除いて、労災保険に加入し保険料を支払わねばなりません。そして、労働者又はその遺族は、業務災害(労働者が業務を原因として被った負傷、疾病または死亡(以下、「傷病等」といいます))や通勤災害(通勤等によって労働者が被った傷病等)が発生した場合、労災保険給付を受けることができます。

労災保険は、会社に責任があるか否かを問わず、業務上又は通勤中に発生した疾病等に支給されます。会社の飲み会の際に起きた事故は業務上のものといえるのか、うつ病の発症が業務に起因するといえるのか、寄り道した先で事故に遭った場合でも通勤中といえるのかなど、労災と認められるかが微妙なケースもありますが、当該事案ごとに判断されることになります。

労災と認定されると、労働者又はその遺族には、療養(補償)給付、休業(補償)給付、障害(補償)給付、遺族(補償)給付、葬祭料(葬祭給付)、傷病(補償)年金、介護(補償)給付等が支払われます。

労働者やその遺族が労災申請をするにあたり、会社は、労災保険給付等の請求書において、負傷又は発病年月日、災害の原因及び発生状況等の証明をすることになります。また、労基署の調査が実施された場合にはこれに対応する必要があります。

民事賠償責任

上記のとおり、労働者又はその遺族は、比較的速やかに労災保険の給付を受けることができますが、労災保険では精神的損害(慰謝料)は給付されず、また、労働者が被った損害のすべてが補償されるわけではありません。そのため、労災保険が給付された場合であっても、会社は、別途、労働者やその遺族から保険給付を超える損害について民事上の損害賠償請求を求められることがあります。

損害賠償請求の法的根拠としては、不法行為責任(民法709条、715条)や、安全配慮義務(労働契約法5条「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」)違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)などが考えられますが、いずれにせよ、労災につき会社に責任があることが前提となります。

会社に責任が認められる事案では会社は賠償責任を負うことになりますが、労災保険との関係では、労災保険から支払われた保険給付の額は、会社の損害賠償額から控除されます。ただし、将来給付が予定されている労災保険の年金については、民事賠償額の算定にあたってこの将来の給付額を控除することは認められていません。また、労災保険給付のうち特別支給金については、労働福祉事業の一環として給付されるもので損害の補填の性質を有するものではないとして、控除することが認められていません。

会社の中には、就業規則や労働協約により、労災保険給付に加えて一定の額を支払う、労災の上積み補償制度を定めていることがあります。この労災の上積み補償制度は通常、労災の補償について法定補償の不足を補うべく上積みする趣旨で定められているので、原則として労災保険給付には影響を与えないとされていますが、民事賠償責任との関係では、会社が上積み補償を行った場合、その支払額については、会社は損害賠償責任を免れると考えられています。なお、会社が弔慰金や見舞金を支給することもありますが、これについては特に調整規定がない以上は、上積み補償とは別に支給する必要があります。

会社に責任が認められる場合であっても、労災について労働者自身に過失が認められる場合には、その過失割合に応じて損害賠償額が減額されることがあります。また、労災の中でも、過労死(過労自殺)や脳・心臓疾患による死亡の場合、労働者の性格、心因的要因、基礎疾患、既往症などが寄与していると考えられる場合には、損害の発生に関与した割合(寄与度)を考慮して、損害賠償額の減額がなされることもあります。

損害賠償請求を受けた会社としては、示談交渉や裁判手続のなかで、上記を踏まえて個別事案に応じた主張をしていくことになります。

その他

会社は、民事上の賠償責任のほか、行政上、刑事上の責任を問われることがあります(労働基準監督署による行政指導や行政処分、業務上過失致死傷罪の適用など)。

また、労災事故を隠すため、労働者私傷病報告書を故意に提出しなかったり、虚偽の内容を記載したりした場合には、「労災かくし」として罰金に処せられることもありますので、そのようなことにならないようにきちんと対応する必要があります。

また、会社としては、労災によって休業している労働者は、原則として、休業期間中とその後30日以内には解雇することはできませんので、その点も注意が必要です。

R03.02掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。